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mNAVは「一つの数字」ではない――同じ会社で0.57倍にも0.84倍にもなる
ビットコインを大量に保有する上場企業、いわゆるデジタル資産トレジャリー(DAT)企業を評価する指標として「mNAV」がよく使われます。基本的な考え方は、株式市場がつけている会社の値段を、その会社が持つ暗号資産の価値で割ったもの。1倍を上回れば保有資産よりも高く評価され、1倍を下回れば安く評価されている、という読み方をします。
ところが、この指標は計算の前提しだいで大きく変わります。実際、集計サイトのBitcoin Treasuriesがメタプラネットについて表示している数値は、2026年7月25日時点で「mNAV(EV)0.84倍」「mNAV(Basic)0.57倍」「mNAV(Diluted)0.72倍」と、同時に3つ並んでいます。分子を単純な時価総額にするか、有利子負債と現金を加減した企業価値(EV)にするか。分母側の株式数を発行済株式でみるか、転換社債や新株予約権まで含めた希薄化後でみるか。この二つを変えるだけで、同じ会社・同じ日の数字が0.57倍から0.84倍まで動きます。
さらに、国内メディアが2026年7月2日時点として報じたメタプラネットのmNAVは0.63倍でした。基準日が数週間違えば、ビットコイン価格も株価も為替も動いているので、これも当然に別の数字になります。「mNAVが◯倍だから割安」という一文は、どの定義・いつ時点かを添えないと検証のしようがない、という点をまず押さえておきたいところです。
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2026年7月時点の実数――メタプラネットとStrategy
抽象論を避けるために、公表・報道されている数字を並べます。いずれも下に挙げた時点の情報です。
メタプラネット
2026年7月2日の発表によれば、同社は2,823BTCを約359億円で追加取得し、1BTCあたりの取得単価は約1,271万2,055円。これにより保有総量は6月30日時点で43,000BTCとなりました。保有分全体の平均取得単価は3月末が1,551万5,598円、6月末が1,533万1,542円と報じられています。7月2日時点の評価額は約4,186億円で、含み損は約2,407億円、率にして約−36.5%。1株あたりのNAVが327円に対して株価が207円で取引されている、という状況も併せて伝えられました。
Strategy(旧MicroStrategy)
米Strategyは2026年7月20日時点で843,775BTCを保有し、累計取得コストは約636.9億ドル、1BTCあたりの平均取得単価は約75,476ドルとされています。同時点での含み損はおよそ114億ドル規模と報じられました。
背景にあるのは価格そのものの下落です。日本経済新聞は2026年7月1日付で、ビットコインが6月30日に一時5万8,100ドル台まで下げ、6月の月間では約2割安になったと報じています。同紙はこれを2022年のいわゆる「仮想通貨の冬」以来の下落局面と位置づけていました。
なぜ「1倍割れ」が構造の問題になるのか
DAT企業のビジネスモデルは、しばしば「フライホイール(弾み車)」と表現されます。mNAVが1倍を上回っている間は、株式を発行して調達した資金でビットコインを買うと、1株あたりの保有ビットコイン量が増えるという現象が起きます。たとえばmNAVが2倍なら、保有資産1単位分の価値で株を売って、その資金で1単位より多くのビットコインが買える計算になるためです。増資が既存株主にとってプラスに働く、やや直感に反する構造です。
1倍を割ると、この向きが反転します。同じことをすると1株あたりの保有ビットコインが減る。つまり主力の資本調達手段が「使えなくなる」というより、「使うと既存株主の持ち分が薄まる」ものへ性質が変わります。ここが、価格が下がったこと自体とは別に生じる、構造上のリスクです。
資産運用大手VanEckは2025年10月3日公表のレポートで、DAT企業の保有資産が約1,350億ドル規模(うち53%をStrategyが保有)まで拡大した一方、暗号資産のボラティリティがこの10年で低下傾向にあり、それが続けばDATの資金調達能力が脅かされ、1株あたりの暗号資産保有量が低下すると指摘しています。
理屈のうえでは、1倍割れの局面では逆に自社株買いが1株あたり保有量を増やす手段になります。ただし、枠の設定と実行は別物です。メタプラネットは2025年10月28日の取締役会で上限750億円・1億5,000万株の自己株式取得枠を決議し、取得期間を2025年10月29日から2026年10月28日までとしましたが、2026年5月31日時点の累計取得株数は0株と開示されています。
固定費としての優先株配当――Strategyは実際にビットコインを売った
現物でビットコインを持つ個人と、DAT企業の株式を持つことの最大の違いは、企業側には暗号資産価格と無関係に発生する現金支出がある点です。含み損は売らなければ実現しませんが、配当や利払いはそうはいきません。
Strategyは2026年7月6日提出のForm 8-Kで、3,588BTCを2億1,600万ドルで売却したことを開示しました。単価に直すとおよそ6万200ドルです。使途は保有ビットコインの入れ替えではなく、STRF・STRE・STRK・STRDという4種の優先株の四半期配当と、STRCの6月分の月次配当の支払いに充てられたと報じられています。この売却は同社史上最大規模の処分とされています。
優先株配当の年間負担額は、報道によって年15億ドル規模とするものと、年17億ドル前後とするものがあり、数字に幅があります。どの証券まで含めるか、いつ時点の発行残高で年換算するかで変わるためで、正確な金額は同社の開示資料(8-K・10-Q等)を直接確認するのが確実です。また2026年6月25日付の報道では、STRCの配当義務をまかなう米ドル準備が約10か月分の水準にあるとされ、変動配当のSTRCは6月下旬に額面100ドルを25%程度下回る水準まで下落したとも伝えられました。
ここで重要なのは、善悪や当否の話ではなく因果の向きです。調達コストが固定費として先に決まっており、返済原資が変動資産であるという組み合わせは、価格が下がるほど「売る以外の選択肢」が細っていく設計になっています。株価が保有資産価値を下回るとその調達がさらに難しくなる、という前節の話と地続きです。
数字を読むときに確認したい4つの前提
ここまでの数値を扱ううえで、最低限そろえておきたい前提を整理します。
- 基準日時をそろえる。前述のBitcoin Treasuriesの表示は、ビットコイン保有量が2026年7月2日基準、ドル建て評価が2026年7月25日基準と、同じ画面のなかで日付が異なっていました。保有量の開示日と株価・価格の参照日がずれるのはよくあることです。
- 株式数の定義を確認する。転換社債や新株予約権を含む希薄化後でみるかどうかで、1株あたりの指標は大きく変わります。DAT企業は転換社債での調達比率が高い傾向があるため、この差は無視できません。
- 円建てかドル建てかを区別する。国内のDAT企業の評価損益は円建てで表示されますが、原資産はドル建てで取引されます。ビットコイン価格が横ばいでも為替次第で円建ての含み損益は動きます。
- 含み損と現金支出を分けて読む。「含み損◯億円」は取得単価との差であって、売却しなければ実現しません。一方、優先株配当や利払いは含み損の有無と関係なく期日に発生します。
制度側も動いている――2026年7月15日成立の改正法
最後に、日本の制度面の変化にも触れておきます。2026年7月15日、金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律が成立しました。暗号資産取引に関する規制を資金決済法から金商法へ移管し、暗号資産を有価証券とは異なる独立した金融商品として位置づけたうえで、情報公表規制の整備、無登録業者への対応強化、インサイダー取引規制の創設を含む不公正取引規制の強化などが盛り込まれています。施行時期については2027年中との見通しが報じられていますが、確定的な施行日や政令・内閣府令の詳細は金融庁の公表資料を確認してください。
開示ルールが整備される方向は、本記事で見たような「同じ会社の同じ指標が定義しだいで大きく違う」状況を、いくらか読み解きやすくする可能性があります。ただし当然ながら、開示が整うことと価格変動リスクが小さくなることは別の話です。mNAVが1倍を割る局面で何が起きるかは、価格の予想ではなく、資本構成と固定費の設計から読み取れる構造の話だ、という点だけは押さえておく価値があると考えられます。本記事は特定の銘柄の売買を推奨するものではなく、数値は上記の各時点における公表・報道内容にもとづきます。
参考にした情報源
- メタプラネット、2,823BTC追加購入で保有4.3万枚に──mNAVは0.63倍に低下
- Metaplanet Inc. – Bitcoin Holdings & Analysis (Bitcoin Treasuries)
- DAT企業資産が20兆円規模に拡大も懸念浮上、ボラティリティ依存が課題=VanEckレポート
- Strategy MSTR dividend risk: 10 months of cash, zero confidence
- メタプラネット、750億円の自社株買い枠で取得は0株
※ 本記事は 2026年7月25日 時点で公開されている情報を元に作成しています。制度や仕様は変更されることがあるため、判断の前に公式の発表をご確認ください。
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